11月16日(木) 古典文学 過去からの踏襲(都立高校古典入試問題必修)

  • 『古今和歌集』の和歌と『後撰和歌集』の和歌

日本の和歌において「掛詞」(かけことば)と「枕詞」(まくらことば)は、詩的表現の重要な要素です。これらの技法は、和歌の伝統的な美しさを表現するために用いられます。

掛詞(かけことば)

  • 定義: 言葉遊びの一種で、一つの語句が二つ以上の意味を持つように使われる技法。
  • 目的: 複数の意味を持つ言葉を用いることで、和歌に深みや多様な解釈を与える。
  • : 「み山」は「見る山」と「三山」の両方の意味を持たせる。

枕詞(まくらことば)

  • 定義: 和歌の冒頭に置かれる、固定された短い句や言葉のこと。
  • 目的: 和歌のリズムを整えたり、特定の雰囲気を作り出すために使用される。
  • : 「あしひきの」は山を示す枕詞としてよく使われる。

古典的な和歌集の引用

  • 万葉集古今和歌集などの古典的な和歌集からのフレーズがよく引用されます。これらの古典は和歌の基礎となっており、多くの後世の詩人たちに影響を与えています。

これらの引用は、過去の作品への敬意を表し、和歌の伝統を受け継ぐ意味合いがあります。また、読者に対して豊かな文化的背景や知識を提供することで、和歌の理解を深める効果もあります。

引用元:古今和歌集

原文:「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」

意味:秋の田んぼで稲刈りをしている小屋の草屋根が荒れている様子を詠んだもので、自分の袖が露で濡れていることを表現しています。

引用先:後撰和歌集

原文:「秋の夜の 露にぬれつつ 衣かへ 寝覚の床の 松風かな」

意味:秋の夜、露に濡れた衣を変えながら、寝床で聞こえる松の風を詠んだものです。

日本の和歌において、過去の名作からのフレーズを引用することは、和歌の伝統的な表現方法の一つです。このような引用は、新しい作品に古典的な美しさと深みを与え、さまざまな文脈での再解釈を可能にします。

例として、『古今和歌集』と『後撰和歌集』における和歌が露に濡れる情景を描写する場合を見てみましょう。

『古今和歌集』の和歌

  • 特徴: この和歌集は、平安時代初期に編纂され、日本の和歌の中でも特に重要な位置を占めています。
  • 露を描写する和歌の例: 露に濡れる草花や自然の情景を描き出し、それを通じて儚さや美しさを表現しています。これは、季節の移り変わりや自然との一体感を感じさせる表現です。

『後撰和歌集』の和歌

  • 特徴: 『古今和歌集』の後を受けて編纂された和歌集で、平安時代の和歌を代表するものの一つです。
  • 露をテーマにした和歌の例: こちらも露に濡れる情景を描いており、『古今和歌集』の和歌と同様に、自然の美しさや儚さを詠んでいます。しかし、ここでは新たな文脈や個人的な感情を反映させることがよくあります。

このように、過去の有名なフレーズを取り入れることで、和歌は伝統的な美しさを保ちつつ、新たな感情や情景を描き出すことが可能になります。古典的なフレーズを用いることで、読者に親しみやすさを与え、同時にそれらを新しい文脈で再解釈し、詩的な表現の幅を広げることができるのです。これは、和歌が持つ文化的な伝統と革新のバランスを示す素晴らしい例であり、日本の詩的表現の深い理解を可能にします。

  • 徒然草序段と和泉式部の歌集の詞書
引用元:鎌倉末期の『徒然草』序段

原文:つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

 

意味:孤独にあるのにまかせて、一日中、硯と向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみると、妙におかしな気分になってくる。

引用先:和泉式部の歌集の詞書

原文:いとつれづれなる夕暮れに……物に書きつけたれば、いとあやしうこそ見ゆれ。

 

 

意味:することもない夕暮れ時に……(歌を詠み)紙に書きつけてみると、たいそう妙だと思われる。

日本の和歌において、一つの表現が決まり文句となって作品から作品へと受け継がれる現象は、和歌の文化的伝承の中で非常に重要な役割を果たしています。この伝統は、文学作品間の連続性と進化を示し、日本文学の独特の美学を形成しています。

和歌における決まり文句の伝承

  • 重要性: 一つの表現やフレーズが、時代を超えてさまざまな作品に引用されることは、その言葉が持つ芸術的価値や意味の深さを示しています。
  • 文化的なつながり: 和歌は、詩のフレーズを通して、歴史的な出来事、自然の美しさ、人間の感情など、さまざまなテーマを探求してきました。こうしたフレーズが後世の作品に引き継がれることで、文化的なつながりや時代を超えたコミュニケーションが生まれます。

優れた作品の影響力

  • 文学的な影響: 優れた和歌や文学作品が生まれると、それらの作品の言葉や表現は特別な意味を持ち始め、後の作品に影響を与えます。この影響は、単に言葉の使用に留まらず、テーマや表現のスタイル、さらには文学的な感覚や美意識にまで及びます。
  • 文学作品間の対話: ある作品で使われたフレーズが別の作品で引用されることは、作品間の対話を生み出します。これは、文学作品が単なる孤立した創造物ではなく、文化的・歴史的な文脈の中で相互に関連し合っていることを示しています。

進化する表現

  • 新たな解釈の可能性: 古典的なフレーズや表現が新しい文脈で使用されることにより、それらは新たな意味や解釈を獲得します。これにより、伝統的な文学は静的なものではなく、常に進化し続ける生きた芸術形式であることが示されます。
  • 文学の継承と革新: 古典的なフレーズを用いることで、和歌はその歴史的なルーツを尊重しつつも、新たな時代の感覚や思想を取り入れることができます。これにより、伝統を守りながらも新しい表現の可能性を探ることが可能になります。

このように、和歌や日本文学における決まり文句の受け継がれ方は、単なる言葉の繰り返しではなく、文化的な遺産の継承と文学的な創造力の結晶として理解されるべきです。それは、過去から現在へ、そして未来へと続く文学のリレーであり、日本の詩的伝統の中核をなしています。

  • 『徒然草』と『西鶴織留』

『徒然草』と『西鶴織留』は、それぞれ日本古典文学における独自性と文学的価値を持つ重要な作品です。これらの作品がどのように独自性を表現し、どのような文学的価値を持っているかが大切です。

『徒然草』の独自性

  • 作者: 吉田兼好によって書かれた、鎌倉時代後期の随筆集です。
  • 特徴: 日常のさまざまな出来事や考えを、散文形式で記述しています。当時としては珍しく、個人的な感想や考察が多く含まれている点が特徴です。
  • 文学的価値: 「ものぐるほし」という表現に象徴されるように、兼好は書く行為を通じて深く物事を考察し、自らの内面を探求しています。この自己省察の姿勢は、後の文学に大きな影響を与え、日本文学における「私小説」の先駆けとも言える特徴を持っています。

『西鶴織留』の独自性

  • 作者: 井原西鶴によって書かれた、江戸時代の随筆集です。
  • 特徴: 西鶴は、『徒然草』の影響を受けつつも、江戸時代の庶民生活や風俗を題材に取り上げています。
  • 文学的価値: 西鶴は『徒然草』のスタイルを借りつつ、庶民の日常や心情を描くことにより、「世の人心」という新たなテーマを展開しました。これにより、日本文学におけるリアリズムの表現が強化され、庶民文学の道を切り開きました。

このように、『徒然草』と『西鶴織留』は、それぞれの時代背景や作者の視点によって独自の文学的価値を創造しています。『徒然草』は、個人の内面と深い思索を掘り下げることで、自己表現の新たな道を示しました。一方で、『西鶴織留』は、『徒然草』の影響を受けつつも、より庶民的な視点から日常生活と人々の心を捉えることで、江戸文学の新たな地平を開きました。これらの作品は、日本文学において個人の内面と社会的現実を織り交ぜる方法を示し、後世の作家たちに大きな影響を与えました。

「徒然草」

つれづれなるままに、日ぐらし硯に向ひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

する事もなく退屈で心さびしいのにまかせて、一日じゅう硯に向かって、次から次へと心に浮かんでは消えてゆくくだらないことを、とりとめもなく書きつけてみると、自分ながらじつに変で、狂気じみているような気がする。

『西鶴織留』

江戸元禄期、井原西鶴は『西鶴織留』

世間のよしなしごとを筆につづけて、是を世の人心と名づけ……

と『徒然草』に倣いつつも、「世の人心」を捉えるとの趣意を述べて独自性を表しています。

④古今和歌集 枕草子 徒然草 の季節感

日本古典文学における季節感の表現とその美意識は、文学の重要な側面です。『古今和歌集』、『枕草子』、『徒然草』などの作品では、季節感を通して独特の美意識が表現され、後世の文学に大きな影響を与えました。

『古今和歌集』と季節感

  • 特徴: 日本最初の勅撰和歌集であり、風物を四季に分ける歳時記的な感覚が特徴です。
  • 影響: 和歌の部立(構成)を通じて、自然と季節を捉える美意識が築かれました。この美意識は、日本文学における風物詠のパターンを確立し、貴族教養の一部として重要視されました。

『枕草子』と新たな風物の捉え方

  • 作者: 清少納言による平安時代の随筆です。
  • 特徴: 「春は曙」という一段で、従来の文学では取り上げられなかった風物を独自の感性で描いています。
  • 影響: 清少納言の独自の視点は、季節感の捉え方に新たな規範をもたらし、後世の文学に大きな影響を与えました。

『徒然草』の季節感

  • 作者: 吉田兼好による鎌倉時代後期の随筆です。
  • 特徴: 第一九段「折節のうつりかわるこそ」で、四季の風物を述べています。
  • 新規性: 季節の移り変わりを動的に捉え、人間の世界や心理に着目しています。このアプローチは、自然の観察を通じて人間の内面や社会を反映する新しい文学的方法を提示しています。

これらの作品は、季節感を文学的な主題として取り入れ、それぞれの時代や作者の視点から独自の美意識を創造しました。『古今和歌集』における季節の伝統的な捉え方、『枕草子』に見られる個人的な感性の表現、そして『徒然草』における季節の変化を通じた人間心理への洞察は、日本文学における季節感の表現の多様性と深みを示しています。これらの作品は、自然観の豊かさとそれを通じた人間理解の深化を、日本の文学的伝統に根付かせました。

⑤春秋優越論

日本古典文学において、春と秋のどちらが優れているかという議論は、非常に魅力的なテーマでした。この春秋優越論は、多くの作品で取り上げられ、それぞれの季節の美しさや情趣を讃える機会となっています。

春秋優越論の背景

文化的背景: 日本では自然と四季の移り変わりが美意識に深く根ざしており、春と秋は特に美しい季節とされてきました。

文学的表現: 春は新生と花々の美しさを象徴し、秋は実りの豊かさと落ち着いた情緒を表しています。

秋山そ我は(額田王・万葉集)

((春山より)秋山の方がよい、私は)

舂はただ 花のひとへに 咲くばかり 物のあはれは 秋ぞまされる(よみ人知らず・拾遺)

(春は単に花が咲くだけだ。情趣は秋が勝っている。)

『源氏物語』も春秋を競い合う場面が多い。(「薄雲」「少女」「胡蝶」「若菜下」)

 

⑥古典文学はつながっています。約二〇〇年後に後鳥羽院が、清輔の歌を本歌取りをしました。

清少納言『枕草子』一段の「秋は夕暮れ」の美意識に対し、約一〇〇年後に藤原清輔が、

A 薄霧の 籬の花の 朝じめり 秋は夕べと たれかいひけむ(新占今和歌集)

(薄霧の漂う籬に咲いた花が湿っている朝のすばらしさ。秋は夕暮れが趣深いとだれが言ったのだろうか。)

と、「秋の朝」の風情を挙げてみせた。

約二〇〇年後に後鳥羽院が、清輔の歌を本歌取りして、

B 見渡せば 山もとかすむ 水無瀬川 夕べは秋と 何思ひけむ (新古今和歌集)

(見渡すと山のふもとは春霞がかかって、水無瀬川が流れる、夕暮れは秋がよいとなぜ思っていたのだろうか。)

C『徒然草』一九段 季節のすばらしさ

をりふしの移りかわるこそ、ものごとにあはれなれ。「もののあはれは秋こそまされ。」…

「春の夕暮れ」のすばらしさに目を向ける。

兼好も『徒然草』一九段で野分(秋の台風)の翌朝のことは『源氏物語』『枕草子』にすでに述べられているが、自分も言いたいから書くと言い切る。先人と会話するかのような作品を読むのも古典のおもしろさの一つである。

⑦漢文学と平安文学

平安時代の日本文学において、中唐の詩人白居易とその作品『白氏文集』の影響は非常に大きかったとされています。白居易の詩は、その平明流暢な表現と人情の機微に触れる内容で、当時の日本の知識人、特に女性文学者たちから高く評価されました。

白居易の詩文集『白氏文集』の特徴

  • 平明流暢: 白居易の詩は、その平易な表現と流れるような文体で知られています。これは、当時の日本の読者にとって非常に理解しやすく魅力的でした。
  • 人情の機微に触れる内容: 白居易の詩は、人間の感情や日常生活の細かな観察を描いており、これが平安時代の文学者たちの共感を呼びました。

平安時代の文学への影響

  • 宴遊の文化と漢詩: 平安時代には、宴会や遊びが盛んに行われ、その際に和歌や漢詩が朗吟されることが一般的でした。この文化の中で、白居易の詩は特に好まれました。
  • 『和漢朗詠集』の影響: 藤原公任によって編纂された『和漢朗詠集』は、和歌と漢詩を集めた文集で、その中に収められた漢詩の四分の一が白居易の作品でした。これは、白居易の詩が当時の日本の文化にどれほど浸透していたかを示す証拠です。

白居易の詩と平安文学

  • 女流文学者への影響: 平安時代の女性文学者たちにとって、白居易の詩は特に魅力的でした。その平易でありながら深い感情表現は、彼女たちの創作活動に大きな影響を与えました。
  • 文学作品への反映: 白居易の影響は、平安時代の文学作品においても見られます。特に、人間の感情や日常の描写において、その影響が顕著です。

白居易の詩は、平安時代の日本文学に新たな視点と表現方法をもたらし、その後の日本文学の発展に大きな役割を果たしました。白居易の作品は、当時の日本の文学者たちに新しい文学的表現の可能性を示し、平安文学の多様性と深みを増すことに貢献したのです。

⑧清少納言「枕草子」と『白氏文集』

第一九七段には「文は文集。文選。……」とあり、作者第一の愛読書が『白氏文集』だったことがわかる。

雪のいとたかう降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならん」と仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾たかくあげたれば、笑はせ給ふ。(二八〇段)

『白氏文集』の「香炉峰下、新卜山居、草堂初成、偶題東壁(七言律詩)」遺愛寺鐘欹枕聴 香炉峰雪撥簾看

⑨松尾芭蕉と李白・杜甫

松尾芭蕉『奥の細道』

芭蕉は李白や杜甫の詩を愛読し、その文章には漢詩を典拠としたものが多いが、中でも『奥の細道』では、それらを実に巧みに用いて独特の文章を展開しています。

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。(冒頭)

 「国破れて山河あり、城春にして城青みたり」と笠打敷て、時の移るまで泪を落とし侍りぬ。

 夏草や兵どもが夢の跡 (平泉)

李白「春夜宴桃李園序」

夫天地者 万物之逆旅、光陰者百代之過客。

杜甫「春望」

 国破山河在 城春草木深